バイオフィルムの「可視化」技術|目に見えない洗浄リスクを暴く海外の教育アプローチ
WD洗浄後の「見た目はきれい」に潜むリスクを英国・米国の研究事例から解説。バイオフィルムの可視化技術と教育効果を、中央材料室の洗浄品質向上にどう活かすかご紹介します。
バイオフィルムの「可視化」技術
~目に見えないリスクを暴く、海外の教育アプローチ~
ウォッシャーディスインフェクター(WD)で洗浄した医療器材は、「見た目はきれいだから大丈夫」と思っていませんか?
実は、目視だけでは確認できない汚れや、「バイオフィルム」というリスクが存在します。
今回は、海外で行われている医療器材の「見える化」技術と現場教育の事例から、日本の中央材料室(中材)でも活かせる洗浄品質向上のヒントをご紹介します。
洗浄後の医療器材に潜む「見えないリスク」とは
洗浄後の器材、本当に確認できていますか?
中央材料室(中材)では、毎日さまざまな医療器材を洗浄しています。
鉗子・剪刀・持針器、そして複雑な構造を持つロボット手術器材など、洗浄後の器材を確認するとき、こんな疑問を感じたことはありませんか?
「関節部分の奥まで、本当に洗えているのだろうか」
「見た目は汚れていないけれど、目に見えない汚れが残っていないだろうか」
特に、関節部や溝、内部に細い流路を持つ医療器材は、構造上、洗浄しにくい場所が存在します。
ここで知っておきたいのが「バイオフィルム」です。
バイオフィルムとは、微生物が器材などの表面に付着し、自ら作り出した粘着性の物質に包まれた集合体のことです。
一度形成されると、微生物が外部からの影響を受けにくくなり、除去が難しくなる場合があります。
実際の医療機器からバイオフィルムが確認された検証実験が、2004年にオーストラリアから報告されています。
修理のために回収された使用済み内視鏡13台の内部流路を電子顕微鏡で調査したところ、13台のうち5台の吸引・生検チャンネルでバイオフィルムが確認され、同時に調査した12本の送気・送水チャンネルでも確認されたとされています。
これは限られた対象を調べた検証実験であり、すべての医療器材に同じ割合でバイオフィルムが存在するという意味ではありません。
しかし、医療機器の内部には、通常の目視確認だけでは把握できない問題が起こり得ることを示した重要な検証実験だと言えます。
もちろん、医療器材に残った汚れがすべてバイオフィルムというわけではありません。
大切なのは、①使用後の汚れを早く除去すること、②器材に適した洗浄方法を守ること、③洗浄結果を適切に確認すること、この3つです。
では、見えない問題を、どうすれば現場スタッフに伝えられるのでしょうか。
そのヒントが、海外の可視化研究にありましたので、ここからご紹介します。
英国の研究で見えた、目視では分からない洗い残し

「きれいに見える」器材を特殊な顕微鏡で観察すると、何が見えるのでしょうか。
英国サウサンプトン大学の検証報告によると、NHS(英国の公的医療制度)の滅菌サービス部門9か所から洗浄済みの外科手術器械を集め、目視検査と顕微鏡カメラによる観察を比較する検証が行われたようです。
2008年に発表されたこの検証では、タンパク質に結合する蛍光試薬と特殊な顕微鏡カメラを組み合わせ、通常の目視では分からない残留汚れを確認しています。
検証の流れは、次のとおりです。
①通常の目視で確認する
WDで洗浄された医療器材を、普段の方法で確認します。
②蛍光試薬を使って観察する
タンパク質に結合する蛍光試薬を利用し、特殊な顕微鏡カメラで器材表面の残留汚れを観察します。
③見えた結果を比較する
目視で確認した結果と顕微鏡カメラの結果を比較し、どの部分に汚れが残りやすいのかを調べます。
この検証で分かったのは、構造が比較的単純な器材では、目視による評価と顕微鏡カメラの結果がおおむね一致したということです。
しかし、複雑な構造を持つ器材では大きな違いがあり、目視では確認しにくいタンパク質性の汚れや結晶状の残留物が、顕微鏡カメラでは観察されたとされています。
この検証はバイオフィルムそのものの存在を示したものではありませんが、洗浄後も何らかの残留汚れが存在し得ることを示す評価です。
この結果は、中材で働く皆様に重要な問いを投げかけています。
「目で見てきれいだからといって、本当に十分な洗浄ができていると言えるのだろうか」。
この検証結果を知ることが、スタッフ同士で器材の洗浄方法や確認方法について、より具体的に話し合うきっかけになるのではないでしょうか。
米国で行われた「見て学ぶ」医療機器再生処理教育

内視鏡の内部を見ながら、スタッフの判断力を高める取り組みもあります。
海外では、可視化技術を医療機器再生処理に携わるスタッフの教育に取り入れる試みが行われています。
2023年に米国の学会で発表された情報誌によると、医療機器再生処理の専門スタッフ9人を対象に内視鏡の内部観察に関する教育が実施されたようです。
教育に用いられたのは「ボアスコープ」と呼ばれる細い管の内部を観察できる観察機器です。
ボアスコープは、内視鏡の内部流路をカメラで確認し、傷や剥がれ、残留物などを見つけるために使われます。
なお、この機器で確認できるのは主に内部の形状や目視可能な異常であり、バイオフィルムそのものを確定できる技術ではありません。
では、海外ではどのように教育したのでしょうか。
この情報誌には、説明を聞くだけでなく、実際に画像を見て、自分で観察し、結果を振り返る教育が行われたと記されています。
- 写真を見て学ぶ
内視鏡内部の正常な状態や異常のある状態を画像で確認し、何が問題なのかを学びます。 - 実際の機器を観察する
ボアスコープを使い、内視鏡内部の状態を確認します。 - 結果を記録し、スタッフ同士で共有する
見つかった異常を写真などに残し、必要な対応を考えます。
さらに、教育後には現場での実習と、約2か月後の追加学習も実施されたようです。
教育によって、どのような変化があったのでしょうか。
これまで知識・技能テストの平均正答率は、教育前が41%でした。
しかし、教育直後は84%まで向上し、教育を継続して行った約2か月後には90%まで上がったと報告されています。
また、参加した9人全員が、所属施設では「そのまま使用可能」と判断されていた内視鏡の中から、再洗浄を検討する必要がある異常を発見したと報告しているようです。
対象者が9人の小規模な試験であり、すべての施設で同じ成果が得られるとは限りません。
また、感染発生率やバイオフィルム除去率そのものを評価した報告ではありません。
それでも、この事例から学べることがあります。
「見て理解する」「自分で確認する」「結果を共有する」という教育の流れが、スタッフの知識や判断力を高める可能性があるということです。
この考え方は、日本の中央材料室でも参考になると私たちは考えています。
日本の中材で、明日からできる3つのこと
中央材料室では、経験豊富なスタッフほど器材のどこに汚れが残りやすいのかを知っていることがあります。
例えば、鉗子の関節部分、剪刀の合わせ面、内腔器材の内部などです。
しかし、その経験を新人スタッフに伝えようとしても、言葉だけではなかなか伝わらないこともあるのではないでしょうか。
そこで役立つのが「可視化」という考え方です。
洗浄後の器材の拡大画像や、残留タンパク質の測定結果などを共有すると、これまで感覚で理解していた問題を具体的に話し合えるようになります。
大切なのは、「なぜ、この部分を洗浄する必要があるのか」を、スタッフ全員が理解できるようにすることです。
私たちは、ここに可視化教育の大きな価値があると考えています。
明日からできる3つの取り組み
1.洗浄しにくい器材を一つ選んでみる
普段から再洗浄が多い器材や、複雑な構造を持つ器材を一つ選び、メーカーの再生処理手順と実際の洗浄方法を照らし合わせてみましょう。

2.洗浄結果をスタッフで共有してみる
器材の拡大写真や、適切な方法で測定した残留タンパク質などの評価結果があれば、スタッフ全員で確認してみましょう。
「どこに問題があるのか」を共有することが、改善の第一歩になります。
※残留タンパク質の検出は、バイオフィルムの存在を直接証明するものではありません。

3.、「見える化」を新人教育に活かしてみる
教育用の器材や顕微鏡カメラ画像を使い、汚れが残りやすい部分や、洗浄時に注意するポイントを確認してみましょう。
私たちは、平時の教育が、災害時の業務継続にもつながると考えています。
誰が担当しても必要な確認ができるように手順や判断基準を共有しておくことは、災害時など通常と異なる体制で業務を行う際にも役立ちます。
もちろん、教育だけで災害時の中材業務を継続できるわけではありませんが、品質を守るための大切な基盤になります。

おわりに 〜「見える化」で、洗浄をもっと確かなものに〜
今回ご紹介した海外の検証報告では、医療器材の見えない残留汚れを可視化する技術や、内部観察を通じてスタッフの知識・判断力を高める教育が行われていました。
私たちNCCが特に大切だと考えているのは、「見えるようになった結果を、現場の改善にどう活かすか」ということです。
ただ洗浄するだけではなく、結果を確認し、問題があれば原因を考え、改善を重ねていく。
そんな日々の積み重ねが、洗浄品質の向上や患者安全につながると考えています。
皆さんの中材では、どうでしょうか。
「見た目はきれいだけれど、本当に洗えているのだろうか」と気になっている医療器材はありませんか。
その疑問を、まずはスタッフの皆さんと共有してみてはいかがでしょうか。
NCCでは、医療器材の洗浄方法や洗浄評価について、現場の皆さまと一緒に考える活動を行っています。
気になる器材や洗浄工程がありましたら、お気軽にご相談ください。
世界の知見と現場力で、止まらない中材をともに作ってまいりましょう。